Hidden Mystery - 02
律と同じように説明を受けている『兵』のメンバーを確認する。恐らくまだ『兵』になって間もないだろう新人が3名、若手が2名、中堅どころが3名、ベテランが2名といったところだろう。何度か手合わせをしたことがあるメンバーもいる。やる気満々といった風情の新人と若手、真剣な表情で何事か話している中堅、じっと律の様子を伺っているベテラン。眺め返しながら、こき、と首を鳴らして。
「それでは事前説明通り、制限時間は一時間。制限時間を超えた場合、若しくはリツの捕縛か双方無力化をもって終了とする。それでは――」
開始、という声が聞こえる直前に響き渡る轟音。場を切り裂いた雷撃は、律が組んだ術式だ。目を丸く見開かせて瞬いたパトリックの視線が律を見て、数瞬置いて困惑しきった笑みを浮かべる。それに首を傾げて見せたのは故意だ。
「――だって俺、仮想外敵扱いなんでしょ? よーいどん、まで待ってくれる敵がどこにいるって話だよね?」
「あっはは、その通りだけど! やりやがるなあ。というわけでまあ、今ので脱落した奴らは残念、あとは頑張れ!」
楽しそうに笑うパトリックを視界の端に。今の不意打ちで地に伏しているのは3人、立っているが多少食らっているのは2人。どちらも新人と若手の方だ。さすがに中堅やベテラン勢は何が起きるか分からない、と先に防御系の魔術を展開していたらしい。
それでも、その反応で実力は十分に把握できる。続けてあちらから組み上げられる魔術構成を眺めながら防御壁を展開して、左手の甲の上に手を滑らせる。
「【汝、雷を司りし者、稲妻を従えし者。戦車を駆りて戦いし汝の力、卑小たる我に貸し与え給え】」
ばち、と左腕に纏う雷撃。使い慣れた『サモン』の術式の展開と同時に、その手に銃を握って。初手で『サモン』ありの魔術を組まなかったのはただの手抜きだが、この先はそうもいかない。
虚空から降り注ぐ炎の矢を防御壁で受け止めて、誰かが組んだ術式の魔法陣の中央に雷弾を撃ち込んで壊す。壊した術式が反転した結果を確認する間もなく聞こえた空気を裂く音に防御壁の範囲を拡大、受け止めた氷塊でばきん、と嫌な感触が手に伝わる。即座に『リズム』を刻んで口笛ひとつ、地が隆起して大きな壁が『兵』たちと律の間に現れた。
お互い土壁で姿は確認できない――が、向こう側で術式が展開し始めているのは分かる。土壁に手を置いてその場で『リズム』を刻んで再度口笛、壁は無作為に岩槍が突き出す装置へと早変わり。悲鳴とどさりという音が一度、これで無力化できたのは4人。
息を吐く間すらなく、土壁を越えて頭上から降り注ぐ鋭い雨。組み直した防御壁で受け止めはしたものの若干の発動ラグ、数滴が律の体を濡らしてそのままぱきぱきと凍りつく。動きを鈍らせるのが目的と判断、無効化の術式で解除。その間に土壁はぼろりと崩れ、視線をやれば視界に入ったのは5人。戦闘不能になった『兵』は予想通り4人、救護されてパトリックの隣で伸びているのが見える。
「……一人足らないな」
ぼそり、口の中で呟いて。恐らくどこか別の箇所から奇襲を掛けてくるつもりだろう。
律はある程度のベースがあるとはいえ、感覚的にその場その場で魔術の術式を組み立てるが、『院』に所属する『ウィザード』の大多数は理論的に事前に研究し尽くされた術式を組み上げる。時間は掛かるがその分威力は高いことが多い。いないのはベテランの一人だ、となれば他の5人で足止めしておいて一撃入れようという作戦だろうという予想はつく。
防御に徹するか、攻撃に振るか。考えるのは一瞬。
前方から繰り出される術式、足止めだと理解はしているが対応しない訳にはいかない。防御壁を多重展開し受け止め――直後。
律を捕らえるように、巨大な氷柱が展開した。避けることは出来ずに捕らわれる。凍ってしまえば魔術を使うことは出来ないと、『兵』たちの気が若干緩み。
――瞬間雷撃が氷柱を切り裂いて。壊れる、崩れる。多重展開していた防御壁と共に先に用意していた術式が揺れて消えていくのを眺めながら、律は敢えて穏やかに笑んだ。その足元はまだ氷に捕らわれたままだが、戦える状態では捕縛とは言えない。
「気を抜くのが早いんじゃない? 誰を相手にしてるか忘れた?」
言葉と共に構えた銃口から、数発の雷弾が放たれて。
――それから一時間後。
「いたいいたい、もうちょい緩めに巻いて……」
「あーごめんごめん。てかまじで治療してかないの?」
「早く帰りたい」
律の一言にパトリックがからからと笑いながら、その左手に包帯を巻く。魔術を使うために酷使した結果として、左手の血管がところどころ破れてしまうのは日常茶飯事だ。慣れてはいるが、痛いものは痛い。無傷で終わらせられたわけではないので他にもあちこちに傷は負っているが、その治療は後回しだ。これが雪乃であれば無傷で圧倒的な勝利を収めているのだろうが、今の律ではそこまでは手厳しい。
模擬戦自体は30分弱で終わった。労いの言葉と共に感想戦のようなことがをしたいという『ロード』の申し出は丁重に断り、今回の仕事は完遂したと言い張って何とか解放されることにはなった。今回の依頼に含まれていないことだというのは確かなので、次回似たような依頼の際は追加してくるかもしれないなと内心思ったが、今そこまで気を遣う余裕はなかった。後日の自分が後悔するかもしれないが、それはそれだ。
「後学のために聞きたいんだけどさあ」
「何を?」
「あの氷柱ぶち破ったの、何? 見えなかった」
「あー……。まず前提として氷の魔術がやたら重くてあの時点でも1回食らってたから、向こうこれいけるぞーって氷系統でごり押ししてくる可能性あるなとは思ってて……。一人隠れて魔術用意してるときの足止めに氷系統含まれてなかったから多分ビンゴだろうと踏んで、防御魔術に熱を組み込んで氷で何かされてもすぐ動けるように仕込んだんだよ。種としてはそれだけ」
「……それがフェイントで、違うの来たらどうするつもりだったんだそれ?」
「その可能性も考えなかったわけじゃないけど、いっそ殺すつもりの一撃が来ても足止めの時点で防御魔術多重展開できるだけの時間はあったわけだから、まあ何とかなるかと」
最悪腕一本持っていかれても構わないと思ってはいたので、五体満足で終わらせたのは上々だということは黙っておく。一人で戦うということはそういうことになってしまいがちなので、普段恭が傍にいてくれるのがどれだけありがたいか身に染みてしまうところだ。
自身を閉じ込めた氷柱を破壊した後、気を抜いていた『兵』をまとめて3人ほど倒した後は残ったベテランと中堅二人を相手にかなりぎりぎりの攻防戦を繰り広げることになった。向こうも必死、こちらはこちらで元から必死だ。それでも早めに終わらせられたのは確実に仕留めたと思った一撃を攻略されたという向こうの気の焦りのお陰で、二人とも冷静であれば一時間きっかり戦い続けることになっていたかもしれない。そこまで消耗させられていたらさすがに今日中に『院』を出るというのは無理だっただろう。
「リツは判断が早いのか、それとも術式展開が早いのか、どっちもか。あの魔術の使い方は一回教わりたいところだけどなー」
「企業秘密です」
「だよなあ。術式の簡略化……普段暴発しないように制御掛けて……ううん」
「アドバイスしませんよ」
「ケチ」
拗ねた顔をするパトリックに、律は笑う。――そして今回の対戦相手にパトリックがいなくてよかったと心底思う。『院』の門番であるパトリックの実力は、今回戦った『兵』のメンバーの誰よりも高い。もしパトリックがいれば、最初の不意打ちなど全員まとめて防いでいただろう。一人一人の撃破すら時間がかかるのは必至で、もしかしたら時間を掛けたくないだろうという律の気持ちを慮ってパトリックは今回ジャッジに回ってくれていたのかもしれない、と思えてしまう。
「今度個人的に教えてくれたりしない?」
「情報漏洩されそうなんだよなー。パトリックが『院』抜けたら考えてもいいよ」
「無茶言うな!?」