Mirrored Crossroad - 04
イレギュラーではあったものの、数日滞在期間を延ばすことで朱緋の仕事を手伝い、その後一つの手掛かりをもらって律と恭は関西から戻った。スケジュールを調整してもらっているおかげで多少余裕があるのが功を奏したと言えるだろう。大収穫と言って差し支えない――長期を覚悟していた仕事は、これで片はつきそうだ。
「本当に恭くんついてくるの? 憂凛ちゃんと憂生ちゃん気になるでしょ、俺別に一人で行ってくるから帰って大丈夫だよ?」
「いや、行くっす。何かついてった方がいい気がする」
「恭くんが真剣にそれ言うときはガチだもんな……」
恭の勘が馬鹿にならないことを、律はよく知っている。家族を蔑ろにする人間ではないこともよく知っているから、それよりも優先されるということなのだろう。律としては断る理由も特にない。そんな訳で、目的地には二人で向かうことになった。
朱緋の渡してくれた情報は、瀬名 星の弟、瀬名 空の現在の大まかな居場所だった。現在は結婚し婿入りして柚葉 空という名前になっていることと、結婚相手は地元の土着信仰を使った小さな宗教団体の教祖である『神子』だということ。その土着信仰の加護のお陰で普通の生活をしてるみたいです、というのが、朱緋からの情報である。
「ていうか月ヶ瀬さんどっから情報仕入れてくるんすか、あっさり分かっていくのすごすぎて何だかなんすけど。もっと時間かかると思ってたのにー」
「俺も気になるとこではあるんだけど情報網は人に教えるようなもんじゃないからなー。何なら俺、桜の情報網も知らないし」
「え、そうなんすか?」
「うん。最初はモニカさんの情報網引き継いでると思うんだけど、そこをそもそも知らないし……自分で独自に拡げたりしてるから、ほんと知らない」
「まあでもあれっすよね、どこから情報仕入れてるか分かったら嘘混ぜ放題になったりするのか」
「……恭くんそういうことは分かるようになったんだねえ……」
「ふふん」
瀬名の双子に何があったのか、少しでも話が聞くことができれば。
或いは依頼としては達成しているのかもしれない。双子の片割れを殺し続けた呪いなのだろう、という推論は立っているのだから。けれど何となく、後味の悪さは残る。彼らが『カミ』を生み出してなお二人とも無事に過ごしているというのなら、何らかの回避策があったのか。それとも偶然が生み出した奇跡であったのか。それを知っておくに越したことはない。
連絡先が分かったわけではないので、会う約束ができたわけではないものの。ひとまず教えてもらった地区に足を踏み入れて、地道に探していく他方法がない。
「信仰の何かならあれっすか? 神社? とかある? そういうの探してったらいいのかな」
「どうかなー。小さな新興宗教のようなものならそもそも拠点はないかもしれないし、あっても事務所借りてる感じとか、そういう感じの可能性のが高いと思う」
「ふーむ……ぶんちゃんー」
『分からんかったって言うたやろ!』
「相手がぶんちゃんより遥かに格が高いんだろうね」
『どうせ格なんかあってないようなもんやわ』
「拗ねた」
分かりやすく乱舞する顔文字に苦笑する。――しかし、探すにしてもどこから手をつけてよいものか。柚葉という人の家を探している、と言って回っていいものなのかどうかというところも問題だ。宗教が絡んでいるのであれば、こちらがいくら世間話のようなテイを装ったところで、警戒されて情報が簡単に手に入らない可能性も大いにある。
「あ。今年はお祭りとかもあるんすね? 町のちっちゃいやつかなあ」
「ん?」
恭が指差すものに目をやって、瞬く。町内掲示板のようなそれに貼られているのは、夏祭りのお知らせだ。日付は三日後。開催場所は恐らくどこかの広場のようなところで、17時からであることは分かる。
そしてそこに書かれている祭りの名前は穂幸祭。行われる祭事は。
「御神楽……」
「お祭り長いこと行ってないし行きたいなー……いやでも何かあったら困るしむずかし……」
「……恭くんガチめにでかしたかもしれない」
「何が?」
「相手は『神子』だからワンチャンある。……ここ、行ってみよう」
どちらにしろ、他に手掛かりはない。スカならそれはそれで、他の情報を探せばいい。
ひとまず場所が分からなければどうしようもないので、拗ねた『分体』をなだめすかして住所を調べる。それほど遠い場所ではない――これで、目的地は決まった。
「これでビンゴで会えたらいいっすねえ」
「そうだね」
夏祭りの会場は少し大きめの公園のようだった。町内会の催し物、という表現が一番正しいのだろう。途中ではあるもののステージらしきものは組まれているので、御神楽を舞う準備を進めている、といったところか。
「……誰もいないか」
「くっそ暑いっすからねー。律さんも大丈夫っすか」
「スーツじゃない分マシだけど無理」
「ですよねー」
じりじりと肌を焦がす太陽の熱は例年通り異常で、この状況の中あてもなくうろうろと歩き回るのは危険だろう。時間を改めるか、日を改めるか。一瞬そう考えたものの、振り払う。ステージらしきものを組んでいる最中ということは、休憩中の可能性もある。
「ちょっと待つか……」
「あ、じゃあ俺飲み物買ってくるっす。さっきコンビニあったし」
「うん、お願い」
走っていく恭を見送って、律は木陰にあるベンチに腰を下ろす。木陰に入ったところで暑さは変わらないが、肌を焼く痛みが消えるのは助かる。
ぼんやりとしながらふと思い出したのは、大樹と出会った頃のこと。律と大樹はそこまで付き合いが長いわけではない。元々彼は律が信用していた情報筋の人間が、情報を手に入れる為に使っていた『魔人』だった。その情報筋の人間が引退を決めた際に、こういう子がいるのだと紹介されたのが最初。とある事件に巻き込まれた結果社長が不在となっていた『エンブレイス』の社長職を二つ返事で引き受け、運営してくれるようになって5年以上。何かと手のかかる相手ではあるのだが、こちらもそれなりに助けられて今がある。
大樹にとって『魔人』の力は『生きていくため』の手段だった。それを投げ売ってでも彼女を助けようとしたのだから、もう少し報われてもいいと律は思う。せめて星乃に絡みつくあの鎖を少しでも減らすことができたなら。何の意味もない努力だったとしても、そう考えずにはいられない。
「そこの『ウィザード』、こんなとこに何の用だよ」
「――!」
ぼんやりと考え事をしていて、人の気配に気づかなかった。はっと顔を上げると、そこに立っていたのは一人の少年。不審げにこちらを見る目に敵意はないが、明らかな警戒心が滲んでいる。
――その顔に、見覚えがある。少し若いものの、それはあのとき朱緋に見せてもらった写真と同じ。北原 惺に、よく似ている。そしてその気配は、ヒトのものではない。
「……柚葉さんを、探してるんだけど」
「あ? みどりの客?」
「客というか、ちょっと聞きたいことが……、」
「律さん飲み物買ってきた……?」
戻ってきた恭が、律と少年の顔を見比べて。少年が恭の方に視線を向けて、そのまま怪訝そうに首を傾げた。同じように恭が首を傾げて、あれ、と小さな声を出した。
「……どっかで会ったことある……?」
「……あ? アンタ、ヤナガワじゃん。『セイバー』の」
「え? あれ?」
「あのときはにーちゃん助けてくれた上に天体観測にお付き合い頂きドーモ」
「……、あー!? 星の子!?」
少年の言葉に合点して叫ぶ恭と一気に警戒心を解く少年を前に、今度は律が首を傾げる番だった。
「……全然ついていけないんだけど……」
恭の話によると、数年前に熱中症で倒れていた少年を助けたことがあるとのことだった。それが目の前の少年と似ていて、そして目の前の少年曰く、それが色々あって一人旅をしていた頃の『兄』だという。
「まー俺はにーちゃんでにーちゃんは俺だから俺が助けられたと言ってもいい」
「よく分かんないけど、俺あのとき初めてなかみーの神社で絵馬買ったから何となく覚えてる!」
「あー絵馬……なるほど……」
細い縁が、ずっと繋がっていたのだ。そういう点で今回の恭の勘は正しかったのだろう。警戒心を解いてもらえるというのは大きい。偶然にそんなに繋がるものだろうかとは思ったものの、さすがに恭が助けた経緯に作為は感じられない。
暑いでしょ、と恭から渡された凍ったペットボトルを首筋に当てつつ、律は少年を観察する。ヒトではないが、ヒトのように見える。ということは、この少年がヒトの世の中に溶け込んで『生きて』いるということだ。
「んで? みどりに用事?」
「みどり?」
「ええと、柚葉 空さんを探してるんですけど」
「あきの方? めずらし。ちょっと待ってろ」
首を傾げつつ、少年はどこかへ走っていく。その背中を見送りながら、律はベンチから立ち上がった。
「大丈夫すか?」
「うん、大丈夫。……ていうか恭くんあまりにも強運過ぎてちょっと引いてる」
「それは俺もびっくりすよ……」
「何年か前に一回会っただけの子覚えてるの珍しいね」
「んー……絵馬のこともあるけど、何か不思議な子だったからかな。泣いてたし、ほっとけなくて」
「そっか」
恭らしい理由に、律は目を細める。誰であろうと、何であろうと手を差し伸べることができる恭は、それだけ多くの縁を結んでいる。今回は神社も絡ませているのなら、落ち着いたら参拝に行かないとな、と思っているうちに、少年が一人の青年の手を引いて戻ってきた。
二人ともよく似ているが、青年の姿は髪の色は違うものの朱緋が見せてくれた写真の青年に瓜二つだ。間違いなく双子の弟である瀬名 空――柚葉 空だろう。ぺこりと頭を下げると、青年も戸惑った表情でこちらに頭を下げる。
「あき連れてきたぞ!」
「どうも……?」
「急にお訪ねしてすいません。初めまして、茅嶋 律と申します」
「あ、柳川 恭です。初めまして」
「初めまして、柚葉 空です……、何の御用でしょうか」
「お時間がありましたら、少しお話を聞かせて頂けませんか。――瀬名家のことについて」
「……、調べがついて俺の方まで訪ねてきたってことですね」
「あき、この『セイバー』、にーちゃんが名前なかった頃に助けてくれた人」
「え?」
ぱち、ぱち。瞬いた目が恭をまじまじと見て、そしてそのまま頭を下げる。おお、と困った声を出しながら恭も頭を下げた。本人としては大したことをしたつもりはない上に何年も前の話なので、居心地の悪さがあるのだろう。
「……天、先生とこ戻ってろ。お前いると話がややこしくなるから」
「おーよ」
「ここで話すのもなんですから、うちへどうぞ。すぐ近所なので」
「いいんですか?」
「構いません。――うちの兄を『助けた』ってアイツが言うの、珍しいんで。それを信用します」