Mirrored Crossroad - 03

 辺見 星乃、または瀬名 星乃あるいは漆原 星乃。
 現在戸籍上は大樹の配偶者となっている彼女と、大樹の出会いは凡そ1年前。大樹曰く「一目見た瞬間に運命だと思った」らしい彼女は『サイキッカー』であり、高校に通いながらファーストフード店のバイトと援助交際で生計を立てていた。出会った頃は瀬名姓で、それは母方の姓だということは分かっている。彼女が援助交際を知っていることを知った大樹が、その援助交際の相手となり、食事や会って話す程度のことを条件に、彼女が生活に困らないだけの金額を援助していた。援助交際の理由は金もあるが、何より「家に帰りたくない」とこぼしていたという。
 事態が大きく動いたのは、星乃からの申し出。「人生を丸ごと売るから金に換えてくれ」という申し出に、大樹は彼女に婚姻届に記載してもらうことで数千万の手付金を渡し、その後彼女は行方をくらませた。大樹が渡した数千万の入った通帳は家に置かれたままとなっており、今後弟が生きていくのに役立ててほしいという書置きだけが残っていた。当然弟も、そして大樹も彼女を探し回り、数ヶ月後見つけた彼女は妊娠している状態で。そのまま大樹が保護したものの、臨月に星乃が自殺未遂を起こし、現在に至る。

「……この保護してる期間っていうのは、星乃ちゃん何も喋らなかったんすか?」
「大樹くんの報告ではそうだね。自殺未遂の直前まで大樹くんにも、世話焼きに来てた弟にもだんまりだったみたいだから」
「空良くんはこのとき、星乃ちゃんに暴行する、みたいなことは」
「なかったっぽい。ずっとイフをつけてたみたいだから、それは間違いないでしょう。見れなくなるようなこともなかったみたいだし」

 大樹と別れた後、茅嶋家の律の自室にて。真っ黒な報告書を読み解いて、律は息を吐く。ふむ、と恭が困った顔をして腕を組んだ。イフ――大樹の『使い魔』だったそれは、見ている『現在』の情報を大樹と共有することができた。何かに阻まれて見れないことはあっても、誤った情報を大樹に伝えることはない。

「ぶんちゃんの方は何か分かった?」
『父親が漆原 良憲、母親が旧姓で瀬名 沙霧、共に両親は他界しとるな。父親は親類縁者なし、母親の方は親類縁者として双子の兄がおる。兄が瀬名 陽』
「……双子? 親も?」
『おう。ゆうても妹の方は里子に出されたみたいやけどな』
「里子? 名字が姉と一緒ってことは養子縁組はしてないのか」
「そいやばっきーと桜っちって」
「急だな。うちはお父様とお母様が特別養子縁組で引き受けるって形取ったよ。法律上もきっちりしとかないと後で何か言われてもなって状態だったし、当時は桜の身体のこともあったからね。……ちなみに里親は?」

 血の繋がった親類縁者が極端に少ない、という時点で、既に嫌な空気が漂っている。更には両親も双子なのであれば、何らかの因果に囚われている可能性は高い。
 嫌だな、と思ってしまうのは、やはり桜のことを考えてしまうからだろうか。双子の妹、贄にされようとしていた彼女のことを、どうしても巻き込まなければならなくなってしまうから。

『里親は健在やけど、今は施設に入所しとるみたいやから話聞くのは難しいんちゃうか』
「うーん。じゃあ双子のお兄さんは?」
『これがまあ、死んでるんやけど』
「まじか」
『――どうも家族への傷害や何やで執行猶予なし、刑務所入ってたみたいやねんよな』
「……え?」


 詳細の調査は『分体』、別方向からのアプローチとして桜に任せたところ、どちらからも「出所してから遺体が見つかるまでの間が分からない」との返答が返ってきたのが翌日のことだった。

「ぶんちゃんからの報告もまとめましたので、報告しますね。瀬名 陽、配偶者は瀬名 霞、旧姓は藤間。双子の息子がいます」
「こっちも双子かあ……」
「傷害は妻ならびに双子の兄に対するもので、リストラ後家庭環境が劣悪になって家庭内暴力へ、という流れだったようです。その後逮捕・収監されたそうですが、数年前出所直前に双子の弟の面会記録がありまして」
「弟の方?」
「……記録としては弟の名前なんですけど、多分兄の方だと思います。というか、弟は学生時代皆勤賞みたいで、この面会時間が学校の授業中の時間帯なので、まあ……」
「よく似てる双子だと違っても分かんないか」

 律の言葉に、桜が小さく頷く。身分証を確認したところで、見分けがつかないのであれば、そのまま通ってしまっても不思議ではない。

「面会の詳細の記録は?」
「当たり障りのない、出所の際は迎えに来れないとか、これから頑張ってやり直そうとか、そういった話だったみたいです。ただちょっと……、何だか話の流れが不自然で」
「どういう風に?」
「上手く言えないんですが、ちょっと受け答えが綺麗すぎる感じがして。……『ブレインジャック』等で認識が歪まされている可能性があるんじゃないかなと、私は思います」
「瀬名 陽も『サイキッカー』だったと仮定して、その家族にも遺伝してると考えて、家庭内暴力に際して『彼方』に引き摺られてると、そういう?」
「はい」
「推論としては悪くないな」

 一般的な事件として扱われて逮捕・収監されている場合、『此方』の人間が関わることは基本的にない。危険性があるのであれば何かしらの対応をすることもあるが、一般社会で裁けるのならそれに越したことはないからだ。
 さてどうしたものか。出所後の足取りが分からないということは、その際に双子の兄と何かがあって、双方命を落とすことになったということなのだろう。であれば生き残っている双子の弟に連絡を取って話を聞いてみれば紐解けるものもあるだろうか――血筋に関わることなのであれば、だが。

「……ええと、あと」

 言いにくそうに、桜が口を開く。確信を得ていない表情を見て取って、律は首を傾げた。

「……双子のお兄さん、多分、生きてると思います。死亡は偽装ではないかと……」
「偽装? 何で?」
「死亡診断書はあったんですが火葬許可証が発行された形跡がなくて。いや火葬しなかったんだと言われたらそれはそうなんですけど……」
「……うーん。桜が引っ掛かるならちょっと調べてみるか。分かった、色々調べてくれてありがとうね」
「いえっ、それが私の仕事ですから」

 ぶんぶんと首を振る桜に、律は少し笑う。微に入り細を穿つ調査をする桜の情報収集のやり方は、恐らくかつて教わったものだろう――馴染みがある。その精度も、そこからの推測も、あながち外れない。
 頼りにしている。だからこそ。

「……大丈夫?」

 律の問いに、桜は驚いたように目を見開いて。ややあって、笑う。その真意を見抜いて。

「大丈夫ですよ。……私には、律様も椿兄様もいてくださいますから」


 双子に関する呪詛のようなものがかかっているのだろう、というのが最初の推測だった。記録上、瀬名 陽と沙霧の親はどちらも双子ではない。だがそれは、戸籍として残っている記録上の話だ。
 もしこれが双子は不吉なものだ、という考え方の上に成り立つ出来事の場合――片方は殺されてきたという可能性は、排除できない。そもそもこの国では、蔑称が根付く程度には忌まれてきたことは、事実として残っている。

「昔の人が考えることは分かんないっすねまじ」
「んー、自分が怖いことに適当に理由をつけて、それを排除することで安心したかっただけなんだろうけどね。そういうのが膨れ上がってひとつの通説になるっていうのは、結構今の時代でもよくある話だよ」
「だーれも得しない……」
「損得じゃないんだよね、こういう話は」
「いやもう損得にしてくれた方が納得いく!」
「それ俺にごねられてもなあ」

 むう、と難しい顔をして考え込む恭の姿に、律は笑う。場所は新幹線の車内。別件の仕事を片付けに関西に向かう道中である。ついでに情報を持っていそうな人物を訪ねようかと律は考えている――アポイントメントはまだ取っていないので、会えるかどうかは分からないが。

「でもまあ、それなら里子に出されたのも何となく理解できるんだよね。手元に二人置いておくわけにはいかなかった。けど普通に養子縁組に出して知らない誰かと名実共に『家族』にする訳にもいかなかったから、里子にした。っていうのが、今のところ俺の中で有力な仮説」
「家族にするわけにもいかないって何でっすか?」
「星乃ちゃんは父親と弟から暴行を受けてた。父親は配偶者で、双子の方の血筋の人間じゃない。だから、『家族』というカテゴリーに影響を及ぼす何かなのかなって。血の繋がりとかじゃなくて、家族、という存在に影響する……、概念の問題だから有り得ない話ではないんだよね。ついつい血筋に注目しちゃうところはあるけど」
「ふーむ……?」

 分かっているのかいないのか。どちらとも言い難い声を出して、恭の視線が窓の外へと向く。窓の外は晴れ渡り、ちょうど富士山が姿を現していた。幸先はよさそうだな、と取り留めのないことを考える。上手く繋がっていけばいいが、しかし繋がった先で何を見ることになるのかは分からない。
 巧都の『眼』を借りて視た星乃の姿を思い出す。強固な鎖に雁字搦めに囚われて、彼女がどこにいるのか全く分からない状態だった。人が一人で背負うようなものではない。先祖代々、そして恐らくは彼女が殺した腹の子の。
 そこまで考えて、ふと気付く。向こうも何だかんだと忙しいのを知っているし、いつもそれほど密に連絡を取るわけではないのですっかり失念していた。

「……大樹くんに彼女の子供が双子だったのかどうか聞かなかったな……」

 現状、それを知っているのは恐らく大樹のみだ。大樹のことだ、父親だと言い張るなり何なりして、子供の情報はしっかり把握していただろうと思う。もし、その子が双子ではなかったら――それは『何か』の願いが成就するのか、それとも他の何かの要因があって、故に彼女は確実に子供を殺すことを選んだのではないだろうか。
 果たしてそれは、彼女が背負わなければならなかったものなのだろうか。
 考えても仕方の無いことが脳裏を過ぎって、律はゆっくりと瞬いた。


 仕事を片付けた後、空いた時間に電話を掛けてみるとあっさり相手は電話に出た。話を聞きたいという律に二つ返事でOKが返ってきて、そのまま時間を決めて。

「じゃあ俺ちょっと出てくるね、留守番よろしく」
「お土産!」
「いやそれは自分で買いに行け」

 今回の滞在先はホテルなので、食事を作ることもない。元気に行ってらっしゃい、と手を振る恭に手を振り返して、律は部屋を出た。目的地は宿泊先のホテルから然程遠くない。徒歩でも問題ない距離だが、暑さと時間を考えてタクシーに乗る。向こうからホテルまで行くという申し出も受けたが、それは断った。会話の中で、恭にあまり聞かせたくない話が出てくる可能性を考慮した結果だ。
 目的地は高架下にあるセレクトショップ。中を覗き込めば、店主である臙脂の髪の男が商品の服を畳んでいる姿が目に入った。

「こんばんは、月ヶ瀬さん」
「ああ、お疲れ様です、茅嶋さん。遠路はるばる」
「国内は近所じゃない?」
「距離感おかしなってません?」

 店主――月ヶ瀬 朱緋。黒と銀のオッドアイは対外的にはカラーコンタクトということになっているが、それが月ヶ瀬の人間の証だ。彼らは汚れ仕事を引き受ける職務上のこともあり、あまり名は知られていないが、かなり古い時代から細々と続いている『ウィザード』の家系である。茅嶋は『ウィザード』としては歴史が浅い。古い可能性がある情報を知るのであれば、古くから続く家の人間に聞いた方が良いだろうというのが律の判断だった。

「当主継ぐことになったって聞いたんですけど、服屋さんは続けるんですか?」
「父が元気に当主してる間は兼業です。僕、あんまり実家寄りつきたくないから……、あ、仕事はしますけどね」
「良かったんですか?」
「……ま、逃げられんかったもんはしゃあないかなって」
「……なるほど」

 笑う朱緋に、律は掛ける言葉を持たない。月ヶ瀬の家のことは何となく知っているが、それだけだ。他者が関われるものではないことは、重々承知している。介入できるのは、介入を求められたときだけだ。要らぬお節介はろくなことにならない。
 どうぞ、と促されて、律は店の奥に入る。時間帯もあるのか人通りは少なく、時折電車の音が響くだけの店内は、不思議と落ち着く空間となっている。朱緋の好みでもあるのだろう。

「それで、御用件は? 僕でお役に立つんかどうかわかりませんけど」
「双子に関する呪詛や祟りの見解をお伺いしたいんです」
「えと……奥さんに何か?」
「いえ、うちの妻は元気ですよ。知り合いから依頼を受けたんですが、それがどうも双子に関する何かなんじゃないかな、という推測があって」
「ああ、ほんならちょうどよかった」
「ちょうど?」

 思わぬ回答に首を傾げる律に、朱緋は小さく頷いた。

「それ、『瀬名』の双子の件ですよね?」
「……何で分かったんですか」
「あはは。説明する前に茅嶋さんのお話聞かせてもらっていいです?」

 恐らく調べている動きが漏れたのだろうな、とは思う。情報ネットワークというものはそれぞれ独特だ。月ヶ瀬の場合は知りたいことを調べるよりも『何かを調べるために動いている人間』を探す方に長けている可能性はある。桜が動いていたことを察知していたから予想がついた、というのが一番有り得る話だろう。
 ひとまず、星乃のことをかいつまんで朱緋に説明する――そこから瀬名 沙霧と瀬名 陽を調べていること、瀬名 陽の双子のことも関係あるのではないかと思っていることまで、全て。

「……流石ですね。瀬名 陽の双子の片割れは情報入ってなかったな……」
「月ヶ瀬さんの方は、何故瀬名の双子のことを?」
「うーん、たまたま、としか。去年やったかな、こっちで見掛けたんですよ」

 言いながら、朱緋はスマホを手に取って操作する。差し出された画面、写っているのは一人の青年。一見どこにでもいるような青年に見えるが、どこか違和感がある。

「……この子は?」
「今の名前は北原 惺、不完全ですが『荒人神』で、うちの定点観察対象なんです。死んだ筈の瀬名 陽の長男、瀬名 星ですね」
「……生きてるんですね?」
「はい。まあ問題なんはこっちじゃなくてこのとき一緒におった方なんです。写らなくて」
「『カミ』ですか」
「はい。彼とそっくりの、中高生くらいの年齢の姿をした。傍目にはよく似た兄弟にしか見えなかったです」

 朱緋の言葉に、律は考え込む。『荒人神』なのであるならば、『カミ』は力を貸している存在と見ていいだろう。考えるべきは彼がどうして不完全な『荒人神』であるかだ。
 死んだことになっている、名前を変えている理由。それが瀬名の家と繋がりを絶つ手段だったのだろうか。そうすることで何かを抑えているというのなら、恐らくそれはよく似ている姿をした『彼岸』だろう。ならばその『カミ』は何なのか。

「……瀬名の双子から、『カミ』が生まれる……?」
「そういうことになりますね。彼らは『カミ』と契約してる訳でも何でもない、ただただかつての行いの因果に依って呪われている、『忌み子』の家系です」
「双子が『忌み子』だっていうのは昔言われてた風習の1つですよね」
「それが実際に形になってしまったのが瀬名の双子です。最初はただたまたま双子がよく産まれてた、忌み子やから片方は必ず殺されるようになった。それが続いて呪いになって必ず双子が産まれるようになり、そして殺され続けて、まあそうして『カミ』の出来上がり、ってとこですかね、簡単に言うと」

 嬰児だからといって、ヒトはヒトだ。痛い、苦しいは積み重なる。負の感情は呪いになる。理性を伴わぬままにその感情が積もり積もればどうなるか。或いは殺せずに閉じ込めて育てていた者がいたら。それがある程度の年齢になってから見つかって、殺されるようなことになれば。考えられる状況はいくらでもある。
 元より家系として『サイキッカー』の力を受け継ぎやすいのであれば、積もり積もった感情が呪いとなり『彼岸』と化すことはそれほど難しいことではなかっただろう。となれば星乃は恐らく、本当の意味で『忌み子』を宿したということなのではないかと推測はつく。受肉し生まれ落ち、それが何と化してしまうか分からない。だから彼女は確実に殺すことを選んだのだ――己ごと。

「まあ、その点において瀬名 星――北原 惺は『成功例』でしょうね、生まれた『カミ』をどういう経緯なんか支配下に置いて手懐けてる。あれは余程のことがない限り暴走せえへんやろうし、彼の身が安全なうちはこちらから手を打つこともないかなと思います」
「まあ、そこは月ヶ瀬さんが見てるんだったら俺としては全然心配ないですけど。……話聞いたりとかってできそうですかね」
「北原 惺はやめといた方がいいと思います、周りがアレなんもあるけど、あんま刺激せんと平穏無事に過ごしてもらってる方がこちらとしても有難いんで」

 首を振る朱緋に、それ以上言うことはできない。名前を聞きはしたものの、ここから情報を持ち出さない方が良いだろう。月ヶ瀬との信頼関係にヒビが入ってしまうのは避けたい。彼らが快く協力してくれる関係性というのは、どうしても必要なものだ。

「僕はそれ以上の情報は持ってないんで……、ああでも、そうですね、もうちょっと出してこれるかも。いけたら茅嶋さんに連絡入れます」
「いいんですか?」
「その代わり、ちょっとお仕事お手伝いしていただければ。折角こっちにいらっしゃるし」
「そんなことでよければ、勿論」