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時間の感覚が曖昧になる、というのはこういうことを言うのだろうか。
瞬くたびに季節が変わって、時間が過ぎ去っていたから。どうしてだかそのことに恐怖を抱くことはなかったけれど、さすがにちょっとおかしいんじゃないかと思ってアケとメイに聞いてみても、二人ともきょとんとするだけだ。
「毎日普通に仕事してるじゃん、あるじ」
「そうですよ、あるじさま。お疲れなんじゃないですか?」
「うーん……」
意識がゆらゆら、ぐらぐら、揺れている。仕事、してたのかな。参拝に来る人たちの声は聴いているような気がする、でも何を言っていたとかそんなことは思い出せない。うるさいくらいにいろいろな願いを聞いていたはずなのに、その中で気になる願いが聞こえたら、気にかけていたはずなのに。今はそんなこともなく、ただ願いを聞いているだけで過ぎ去っているんだろうか。それでも二人がそう言うのなら俺は何の問題もなく、この神社の主である終宵として、きちんと仕事ができているのだろう。
神様の仕事をするようになって、もうずいぶんと時間が経っている。数年、もしかしたらもっと。仕事自体に慣れたから、日常のことだから、そう細かく思い出す必要がないのだろうか。毎日が新鮮だった最初の頃と今の俺とは、全然感じ方も違うのかもしれない。
ちゃんと神様に成れていて、果たすべき役割が果たせている。覚えるのが大変だったことも、呼吸と同じようにこなせるようになっている。だから、時間が飛んでいくような感覚に囚われたのかもしれない。
――でも、そもそも、何してるんだったっけ?
何だか、思い出せないことが増えている。いや、覚えていられないことが増えている、と言った方が正しいのかもしれない。そもそも俺はここに来たとき、既に多くのことを忘れていたような気がする。まあ忘れてしまったことはもう、今の俺には必要のないことなんだろう。
そこまで考えて、訳が分からなくなる。いや、俺は元々この神社にいたんだっけ。こうしてアケやメイと話しながら、神様として、終宵として。
あれ、という違和感を感じて、けれどその違和感も瞬きと一緒に消えていく。また、季節が飛んでいって。
それは、唐突に訪れた。
(……あ、れ)
声が出ない。体が動かせない。
自分の体がどうなっているのか分からない。立っているのか、座っているのか、横たわっているのか。瞬いたはずなのに視界には何も映らない。ただ何か、温かいものに包まれているような不思議な感覚があった。こうなってから暑い、も寒い、も感じたことがないのに、それが温かいことだけははっきりと分かる。
なんだか、溶けているみたいだ。自分の指先も、自分の足先も、どこにあるのか分からない。
ぱたぱたと走ってくる音は、見えなくても分かった。アケとメイだ。
「ああ、疲れきってしまったんですね。大丈夫ですか?」
「よく頑張ったもんなあ、あるじ」
笑いながら、アケの手がそっと俺を撫でる。その手に温度は感じない。そこにあるのはただ、柔らかい優しさだけで、心地がいい。
がんばった。そうか、頑張ったから体が動かないのか。
「いやー、最初の頃はさあ、お前があるじなんて無理だろと思ってたけど、本当にいい顔であるじの仕事やってくれるようになったよな」
「有明、ずっと怒ってましたね」
「他人事みたいに言うなよ、黎明だって呆れてただろ」
「まあ、作法ひとつさえなかなか覚えられなくて、これからどうしましょうと思ってましたけど。ずーっと一緒に、たくさん頑張ってくださったから今があるんですよ。ありがとうございます、あるじさま」
「ほんとだな。何かさ、すっげえ誇らしいよ」
嬉しそうな二人の声。そうか、二人の役には立ててるんだな。最初は随分怒られたけど、今はこうして俺のこと、認めてくれてるんだな。そう思うと、うれしい、という気持ちがじわりと心の中に広がって、ゆっくりと溶けていく。
最初からずっと俺の面倒を見てくれた二人だ。こうして褒められることが、どうしようもなく嬉しくて、ありがたい。
二人が誇ってくれる神様。俺自身も、そんな存在になれたことを誇っていいのだろう。
「ゆっくり休んでいただいて大丈夫ですよ。おやすみなさい、あるじさま」
「おやすみ、あるじ」
二人の優しい声。ぎゅうと満たされたような気持ちになって。
体がどうなっているのか分からないから、俺が笑えていたのかどうかは分からない。二人にそれが伝わったかどうかも分からない。それでも本当に嬉しくて、どうしようもなく今の俺は幸せだと感じていることを、二人に伝えたいと思った。
――また、疲れが取れたらゆっくり二人と話ができたらいいな。
そうして俺の意識は揺らいで、落ちた。