Tape - 02
そうしてその夜、紬希は改めて猫カフェを訪れていた。
朝と同じく、猫たちは既にセーフティエリアに避難している。念の為テーブルやソファは端に寄せ、店内は広めにスペースを取っておいた。準備を終えて、カセットプレイヤーが店内中央の床に置かれる。一度もカセット自体は聞いていないが、根本的な原因はこのカセットプレイヤーの中に入っているカセットである可能性が非常に高い。或いは、そこに収録されている曲か。
「何が出てくるんやろ……」
「『怪異』だろうけど、どういうのが出てくるのかは全然分からないね」
大丈夫だとは言われたが、その詳細については触れられなかった。恐らく言わない方がいいと判断されたのだろう。前の例もあるので気は抜けないが、気負ってしまうと空回りしそうだ。努めてリラックスを心掛けながら、時が経つのを待つ他ない。
――やがて、目に見えて空気が変わった。
カセットプレイヤーの前に現れる影。ぼんやりとしていてはっきりとは視認できないが、恐らくそれは女性だろうということが感じられる。件の『聞いたら死んでしまう曲』の作曲者である音楽教師の姿なのだろうか。曲を聞くことで条件が満たされ、『怪異』が現れて殺されてしまう、というものなのだろう。何が要因になってしまったのかは分からないが、笑真はそれに耐えたものの意識不明になってしまった、ということだろうか。
「え、」
考えている間の、一瞬の出来事だった。
ふわり、と体を襲う衝撃波――それは恐らく、音波から構成されているもの。部屋中に拡散したそれに、耳を押さえて影那が座り込んでしまう。『猫神』の力を借りている影那は、耳が良い。紬希には聞こえていない音も拾ってしまっている。
影那さん、と声を掛けようとして、ぐっと耐える。ここで影那を気にして『怪異』から目を離してはいけない。それは『怪異』相手に隙を見せてしまうことになる。過ちを繰り返して、これ以上影那に迷惑ばかりかけたくはない。
「負けへんからな……っ」
まずは、『怪異』を倒すために。『サイコキネシス』でソファを掴み、『怪異』の方へと投げる。直撃した『怪異』の姿が歪むのを確認しつつ、床に落ちてしまう前にソファを保護。上手くいった、と安心する間もなく再度、今度は紬希に向けられた音を耳を塞ぐことで回避して。
絶対に倒す、という気持ちを込めて、もう一度ソファを『サイコキネシス』で操る。『怪異』が避けようとしたのを察知して、逃げ道を防ぐようにソファを動かして。
直撃を受けた『怪異』は、奇怪な悲鳴と共に姿を消した。ふっと場に満ちていた威圧感が消えて、緊張が解ける。
「影那さんっ、大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫……ごめんね、何もできなくて……」
申し訳なさそうな影那に、紬希はぶんぶんと首を横に振る。あの状況では、影那が動けなくなってしまうのは当然だ。何とかできたことに、ほっと胸を撫で下ろす。影那を労わるかのように傍から離れない『猫神』は、恐らく癒しの力を使っているのだろう。こればかりは紬希にはどうにもできないことなので、『猫神』の力がとてもありがたい。
そんな中、突然カセットプレイヤーががちゃりと音を立てた。はっとしてそちらに視線を向けると、きゅるきゅると音が響いて、続けてぶちんと何かが途切れる音。恐らく、中のカセットのテープが切れたのだろう。
「……あのカセットテープ、どうにかしないとね」
「でも影那さん、もうちょっと休んだ方が。それにどうにかって」
「大分落ち着いたから大丈夫だよ。それに、アテならあるの」
ふわり、『猫神』の頭を撫でて影那が立ち上がる。ポケットから取り出したスマートフォンで、どこかにメッセージを打ち。
「つむちゃんごめんね、もう少しだけ付き合ってもらえる?」
「当たり前じゃないですか!」
その後、紬希は影那に連れられて神社を訪れていた。
この辺り一帯を守っている龍神が祀られている神社なのだという。高校時代の同級生がその神社にいるので、その伝手でこのカセットプレイヤーごと供養、お祓いしてもらおうというのが影那の提案だった。
夜の神社はしんと静まり返っているが、不思議と恐怖は感じない。清廉な空気で満たされていて、不思議と心が落ち着いていく感覚がする。
「こんばんは、お久しぶりですね」
「避難してきたとき以来かな。ごめんなさい、こんな時間に急に連絡して」
「いえいえ。……ええと、そちらの方がお話にあった?」
出迎えてくれたのは、水色の袴を来た男。影那よりも少し年若いような気もするが、話している雰囲気から察するに彼が同級生なのだろう。不思議そうな視線が向けられて、紬希は慌てて頭を下げる。
「あっ、初めまして、千種 紬希です! あの、影那さんのところでバイトさせてもらってるんですけど……そのカセットプレイヤー、友人から預かって……」
「初めまして、百々目鬼 ルキです。なるほど、あなたは相談してこちらに来られたんですね」
「はいっ」
「出てきた『怪異』は倒せたんだけど、また何か起きたら困るなと思って」
「分かりました。……えーと。陵さん呼んできますね」
これは預かります、とカセットプレイヤーを持って、ルキと名乗った男は神社の奥へと消えていった。少し待っていると、現れたのは別の男。ルキのいで立ちとは少し違うが、こちらも和装だ。
ぼんやりと綺麗な顔立ちの人だな、という印象を抱いてしまうほどには、端正な顔立ちをしている。ミーハーな友人が会えば、キャッキャと大騒ぎしそうだ。
「こんばんは、上里さん……、と、そちらの方は初めましてですね」
「千種 紬希です。よろしくお願いしますっ」
「この神社の神主を務めている中御門 陵といいます、どうぞよろしくお願いいたします。……ルキから粗方話は伺っていますので、こちらへどうぞ」
穏やかな口調の陵に案内され、二人は神社の境内へと入る。影那に作法を教えてもらい、参拝をした後に拝殿の中へと通された。
促されるまま、椅子に腰掛ける。明朗な声で紡がれる言葉の意味は、紬希にはよく分からない。それでも不思議と気持ちは落ち着いていき、穏やかな空気に満たされていく。
――祓われる、というのは、こういうことなのだと知る。
「そういえばつむちゃん、お祓いって初めて?」
「あ、はい。神社って初詣以外で来ることなくって……」
お祓いを終えて拝殿を出た後、影那にそう問われて、紬希は素直に頷いた。お祓いというものの存在は知っているが、そもそもそれほど神社に来たことがない。こういう場所とは、特に縁もなかった。
これからはもう少し知っていた方がいいのかもしれない、と思ってしまうのは、このところ立て続けに『怪異』に襲われてしまっているせいか。ここにいれば安全だろうと感じる気に満ちているこの場所は、とても居心地がいいものに感じる。
――また何か起きたときは、相談に来てもいいのかもしれない。
そんなことを考えながら、紬希は陵とルキの二人にありがとうございます、と頭を下げたのだった。