Tape - 01
ある日、大学にて。
「これなんだけど」
「……は?」
講義が終わった後の教室で。紬希の前に現れたのは、大学に入ってから『JAMSKY』という名のバンドを組むことになったメンバーの一人。ボーカルとギターを担当しているTaiga――大河 貢。
机の上に無造作に置かれたのは、カセットプレイヤー。昨今あまり見ることのないそれに、紬希は首を傾げた。
「何? どうしたん、これ」
「いや、笑真が何か、昨日の晩にこれでカセット再生してたみたいなんだけど」
「ゆゆち?」
ゆゆちの名で、写真投稿をメインとしたSNSを主戦場にインフルエンサーを目指しているらしい貢の彼女――飛野 笑真。普段は貢と共に行動していることが多いため、紬希もよく知っている。バンドメンバーではないが、バンドの練習にしょっちゅう顔を出しているので。
しかし、彼女とこのカセットプレイヤーに何の関係があるというのだろう。首を傾げる紬希をよそに、貢は話を進める。
「アイツさ、昨日このカセットに入ってる曲聴いた後に意識不明になっちゃって。今病院にいるんだけど」
「へー……、……は!?」
「状況が状況だし、何かオカルトチックなことが原因かもと思って。つむ、バイト先の店長がそういうの詳しいって話してなかった? 調べてみてほしいなと思って持ってきた」
「いやちょっと待って」
「んじゃ、任せた」
「任せたとちゃうわ! あ、ちょっと!?」
叫んだところで、貢はどこ吹く風だ。紬希の前にカセットプレイヤーを残して、教室を出て行ってしまった。
追いかけようにも、紬希にも次の講義がある。今から追いかけて詳しい話を聞くような時間は、残念ながらない。笑真の容態についても詳しく聴かせてもらいたい上、そもそも「これを聞いたから意識不明になった」というようなものをこんなところに置いていかないでほしい。そんな話を聞いてしまったら、念の為置いていくわけにもいかない。
貢が言っていたバイト先の店長――影那のことを思い出す。貢に彼女のことについて、オカルトに詳しいという話をした覚えはない。ただ何かの折に話を誤魔化す過程で、オカルトの話をよくするのだというようなことは言ったかもしれないので、それを曲解されたのだろう。
どうしよう、と考えたところで時間はあまりない。そろそろ移動しなければ、遅刻になってしまう。
「……っ、ああもう、あのアホっ……!」
苛立ったところでどうしようもない。置いていくわけにもいかないのカセットプレイヤーを手に取って、紬希は次の教室に向かうことにした。
――また影那に迷惑を掛けてしまうな、と。申し訳なくなる気持ちを抱えて。
その日は全ての講義が終わるのが遅い時間だったこともあり、紬希は翌朝、影那に連絡を取っていた。ちなみに、笑真が意識不明になったという話を聞いて、そのカセットを再生してみるような勇気はなかった。結局カセットプレイヤーは、一晩鞄の中に仕舞い込まれたままである。
友人がそのカセットを聞いて意識不明になったらしくて、という紬希の話に、きちんと話を聞かせてほしいから、と店に誘われ。その日の講義は午後からだったこともあり、紬希は午前中のうちに猫カフェを訪れていた。よく分からないカセットとカセットプレイヤーを持参するから、ということもあり、店の猫たちは既にセーフティエリアに避難済みだ。
テーブルの上に、カセットプレイヤー。少し古い雰囲気はあるが、見た目はごく普通のもの。
「何の曲が入ってるとか、そういうのは分からないんだよね?」
「正直完全に押し付けられたって感じなんで、詳しい話聞けてないんですよね……」
昨日あの後、貢に連絡は取れなかった。笑真の傍についているのかもしれない、と考えてしまうとあまりしつこく連絡するのも、と遠慮してしまったのも一因にある。
「話を聞いた後に、ちょっと調べてみたんだけどね」
「え!? すいません……。何かありました?」
「うん。ちょっと、ネット上で変な噂話を見つけたの」
――曰く、それは『聞いたら死んでしまう曲』の噂なのだと言う。
とある学校の旧校舎に勤めていた音楽教師の作った曲で、それを録音した資料がどこかにあるらしい。聞いたら死ぬと言われている通り、その曲を聴いて生きている者はいない、というのがその噂の内容だ。
「入っている媒体が何かっていうのは全然分からなかったんだけど……、古い話だしCDではなさそうだったし、昔録音できたものって考えたら、このカセットなのかも……?」
「なるほど……? いやでも、ゆゆちは意識不明やって話やったしな……」
「そのお友達、どうして倒れたかは分からないの?」
「カセット再生したみたい、っていうのは聞いたんですけど、それ以上は何も」
少なくとも今現在、笑真が死んだということはないだろう。とはいえ先日の件もあり、不用意にカセットを再生してしまうのは避けたい、というのが正直なところだ。
情報を詳しく聞くのであれば、やはりこのカセットプレイヤーを持ってきた貢だろう。何もかも知っているということはさすがにないだろうが、もう少しくらいは情報を持っている筈だ。
「……ちょっと聞いてみます」
「うん、お願い」
とにもかくにも、もう少し情報を得ないことにはどうすることもできない。SNSのメッセージは見ない可能性や既読無視になってしまう可能性も考え、直接電話することにした。数秒のコールの後、それがぷつりと途切れたかと思えば。
『何か分かった?』
「何で開口一番それなん? ゆゆちが倒れたときの状況とか詳しく聞きたいなと思って電話してんけど」
『あれ? 言わなかったっけ』
「何も言われてへんから聞いてんねん、アホ」
貢に直接聞いたのは、笑真が意識不明になったこと、昨夜このカセットを聞いたこと、そして調べてほしいという依頼だけだ。よくよく考えなくても、ほとんど何も聞いていないに等しい。
そうだっけ、ととぼけたことを言いながらも、そのまま貢はううんと唸り。
『って言われても、笑真の家に行ったらもう笑真倒れてたしなあ』
「でもタイガ、カセット再生して倒れたっぽいって言うてたやん」
『そうそう。だってそのとき、笑真の前にそのカセットプレイヤーと楽譜があったからさ』
「……楽譜? そんなんもらってへんけど」
『だって俺が持ってるし』
「は!? 何で!? ボクにカセット調べろって持ってきといて、何で楽譜のことは何も言わんの!? 意味分からんけど!?」
『え、こっちは自分で調べるかーと思っただけなんだけど』
「ドアホ……人にモノ頼むときは情報共有ちゃんとせえよ……」
意味が分からない。どうしてこの男は、情報を分断した状態で調査ができると思ったのだろうか。とはいえ、まだ短い付き合いではあるものの、貢がそういうことをやりそうな人間であることは何となく分かってしまう。基本的には頭のネジが緩いな、と思ってしまうので。
何故紬希が怒っているのかを分かっているのかいないのか。ちょっと待って、と貢に言われそのまま待っていると、SNSに二つのファイルが送られてきた。一つは楽譜の画像、一つは音楽ファイルだ。
『届いた? それが笑真のところにあった楽譜で、それが弾いてみたやつ』
「弾いたん?」
『まあ、そんなに難しくないコード進行だったし。カセットプレイヤーに入ってるヤツと一緒なのかどうかは分からないけど』
「……ん? ボクに聴けって言うてる?」
『だってもうつむに渡しちゃったし。あ、じゃあ俺今から講義だから、何か分かったら連絡して』
「あ、ちょっと」
ぶつん。一方的に通話は切られてしまう。
あほ、と電話に毒づいたところで、貢には届かない。ひとまず届いた画像を影那に見せつつ、貢から聞いた話を共有する。
楽譜自体は、貢が言っていた通りそれほど難しいものではない。音符とコードが書かれているそれを眺めたところで、何の変哲もない楽譜だなという印象しか抱けない。
「……ええと、C……C……C……A……G……E……?」
「あ、コードです。弾いてる音源もらったんで、ちょっと聞いてみます?」
「うん、聞きたい」
楽譜を見ても、いまいちピンとは来なかったのだろう。首を傾げている影那に提案すれば、こくんと頷かれた。この楽譜がカセットの中身と同じなのであればあまり聴くべきではないかもしれないが、演奏した張本人の貢がピンピンしているので問題はないだろう。
再生してみた音源は、やはりシンプルだ。特段耳に残るようなものでもなく、首を傾げることしかできない。こうなるとやはり、残る選択肢はカセットを再生してみる――しかないのだが。
先日、立て続けに音楽関係の『怪異』に襲撃されたということもある。できれば再生したくはないな、と考えてしまうのが正直なところだ。
「うーん、音楽……、あ」
「?」
「こういうことに詳しくて、音楽にも詳しい知り合いの人、いるの。ちょっと聞いてみるね。忙しいだろうし、連絡取れるかどうか分からないけど……」
「えっ。ぜひお願いします」
少しでも情報が手に入る可能性があるのであれば、それに賭けたい。待ってね、とぽちぽちと影那が誰かにメッセージを打ち始めた。少し待っていると、あ、と影那が声を上げる。
「ん、連絡ついたんですか?」
「既読ついた……あ、返信」
「何て?」
「今なら時間あるよって……、ちょっと待ってね……」
返信に迷っているのか、スマートフォンを眺めて影那が暫し考え込んでいる。――と、そのスマートフォンが音を立てた。着信だ。わ、と驚いた表情をしつつも、影那がスピーカーモードでその電話に出た。聞こえた声は、男性のもの。
「も、もしもしっ」
『もしもしクロちゃん? 久しぶり、珍しいね』
「すいません、茅嶋さんお忙しいのに」
『大丈夫、今仕事終わって帰るところだったから。どうしたの?』
「あの、実は……」
言葉を選びながら、影那が電話相手に状況を説明する。相槌を打ちながらその話を聞いていた相手は、影那に楽譜の画像を送ってほしいと要望した。それを聞いて、紬希は慌てて影那に楽譜の画像を転送する。その画像を、影那が更に相手に転送し。
『あ、届いた、ありがと。C……、……CAGEか? この場合は檻かな……』
「おり?」
『音としては……、……あ』
『わー!?』
突如、電話の向こうから聞こえた叫び声に、思わず耳を塞ぐ。電話相手のものではない別の男の声だったので、恐らく誰かと一緒にいたのだろう。同じように耳を押さえた影那がおろおろしている。電話相手が迷惑そうにうるさい、と言っているのが聞こえたので、危険はなさそうだ。
「だ、大丈夫ですか茅嶋先生!?」
『大丈夫大丈夫、ちょっと大きい虫が出てきただけ。恭くんのリアクションがオーバーなんだよ、うるさくてごめんね』
「本当に大丈夫なんですか? 何か変なことに巻き込んじゃったんじゃ……」
『平気平気、ね、恭くん』
『あーびっくりした……』
「そ、それならいいんですけど」
『ねえクロちゃんこれって曲聴いたんだよね? 演奏されてるやつ』
「あ、はい。カセットテープの方は聞いてないんですけど」
『多分、その中身とこの楽譜は一緒なんじゃないかな。……ね、曲聴いても何もなかった?』
「え、はい。……ね?」
影那に同意を求められて、紬希は頷いた。ギターで演奏されたそれを確かに聴きはしたが、今のところ何も起きてはいない。
そっか、と電話相手が呟いて、少し考えるかのような沈黙が落ちた後。
『ね、ちなみに今日本って何時?』
「え? 11時過ぎですけど……あっ、茅嶋さんもしかして今海外ですか!?」
『うん、アメリカ。こっち、今は夜なんだよね』
「そんな、すいません、時差……」
『全然。真夜中とかじゃないし、最初も言ったけど仕事終わって帰り道だから気にしないで。そうだな……聴いてるんだったら夜になれば何か出てくると思う。思うけど、全くもって大したことないから全然心配しなくて大丈夫』
「え、えと、それは茅嶋さんからすればとかの話ですか……?」
『いや、クロちゃんと猫神様なら大丈夫だよ。心配しなくてもいいけど、気を付けてね。何か出てきたら倒しちゃって、そのカセットプレイヤーは中身ごと全部処分するのがオススメかな』
「わ……分かりました、ありがとうございます」
『はーい。じゃあまたね』
そこで通話は途切れる。何が起きたのかはさっぱり分からないが、電話相手にはこれが何なのか分かった、ということなのだろう。ふう、と大きく息を吐き出した影那は、少し緊張していたのだろうか。
「ええと、今のって……?」
「知り合いの『ウィザード』の人なの。昔からお世話になってて。……大丈夫って言われちゃったし、どうしようかな」
「夜になれば何か出てくるって言ってましたよね……?」
「言ってた。夜を待つことになるね」
つまり、現時点で他にできることは何もない――ということだ。
影那と二人で貢の演奏を聴いたので、何か起きるときは二人ともに起きることになるだろう。それなら二人でいた方がいいだろうという話になり、紬希は講義が終わり次第また店まで来る、と約束をして。
――問題は、それまでこのカセットプレイヤーをどうするか、だ。
「……これ、つむちゃん持ち歩くわけにもいかないでしょ?」
「うう……でもここに置いていくわけにも……」
「私は構わないよ。おじいちゃんがいるから大丈夫」
ね、と影那が近くに寝そべっていた『猫神』の頭を撫でる。当然だとでもいうようになおん、と鳴いた『猫神』の声に、安心感を感じて。
甘えてばかりになってしまい申し訳ないが、持ち歩いて他の人にも何かが起こるような結果になるのは申し訳ないどころの話ではなくなってしまう。ここで対処が可能なら、そうしてもらうのが最善だ。
「すいませんホンマ……うちのアホがアホなばっかりに……」
「あはは、大丈夫だよ。頼ってくれてありがとう」