Hidden Mystery - 04

 ――これは、しばらく後の話。

「地球沸騰化とは本当に嫌な単語ができたもので……」
「くそあち過ぎて俺もトレーニング時間短縮中したっすよ……さすがに死ぬ……」
「倒れたら困るからねー。物足りないだろうけどおとなしくしてくれると俺も助かる」
「はーい。てか律さん何してるんすか?」
「んー?」

 ひょこ、と律の手元を覗き込んだ恭がそのまま首を傾げる。そこにあるのは乱雑に記号だけが記された、トレーシングペーパーのように薄い紙のメモだ。何か考えていることをメモしている、というわけではない。

「……いや何してるんすか?」
「この間の件をね、ちょっと思い返してて」
「どれ?」
「『院』のお呼び出しから帰ってきたときの」
「あれか」

 う、と顔をしかめた恭は、そのときのことをよく覚えているのだろう。そのとき凡そ人体に収まっていたとは思えない程の黒い血の塊のような『何か』を吐き続けた律は、アレクの治療を経てそのまま意識を失ってしまったのでその後の詳しいことは分からない。吐き出されたそれは、確かに動いていた。魔術的な観点から寄生生物のようなものを創ってみた、という感じの雰囲気だったことは律も覚えている。それは魔術の使い過ぎで弱った左手に巻かれた包帯から律の体へと滲入し続け、その体を侵蝕し続け、放置していればそのまま死んでしまうのは明確な状況で。何より包帯を外さなければ治療を専門とする『ヒーラー』の力さえ及ばないというものだったのだから、媒介や使い方によってはかなり手酷いものだ。
 しかしお陰様で一命は取り留めたので。

「やられたらやり返さないとと思って」
「わあ」
「まあでも俺ああいうのフツーに苦手分野だからなー」
「ていうかできるんすか? 雷ばっちばちとかじゃないのに」
「個人的には『ネクロマンサー』が使う魔術にぎりぎり近いなって感じがするからすごい嫌なんだよね」
「あー……」
「あとはそれこそ雷ばっちばちとかは分かりやすいし。俺大体イメージで色んなこと補ってるからああいう分かりやすい魔術のが使いやすい」
「なるほど分からん」
「鈍器で殴るか毒殺するかみたいな話」
「その例えひどすぎない?」

 さすがに、と呆れたように溜め息を吐く恭はしかし、その例えで何となく理解はしてくれたらしい。それ以上は何も言わずに、散らばった紙の一枚を手に取った。簡易な記号だけのそれが何に繋がるのか、恭には分からないことは承知している。書きかけだった手元のメモに同じように数個記号を刻むと、律は散らばったメモをかき集めた。恭の手からもメモを取って、とんとん、と紙の重なりを整える。

「まだ未完成だけどね。これをこうして」
「……うん?」
「こう」

 簡易な魔術で生み出したのは光源。メモの束の後ろに生み出されたそれは、紙の束を透かして――おお、と恭が声を上げた。
 それは束を合わせることによって生み出される魔法陣。描かれた記号、生み出した光源で透ける濃淡、それを計算しながらずっと微調整を続けている。普段の律は『リズム』と『旋律』を使用して魔術を行使するが、別段それでしか魔術が使えないというわけではない。何より巧都にあれこれと魔術を教え込まれた身ではあるので、『使い方』を知っているものはそれなりにある。これはその一つだ。

「律さんがウィザードっぽいことしてる……!」
「ふふん。まあたまにはね」
「でもこれまさか、同じようなことができるっつー……?」
「さすがに完コピは無理だし趣味じゃないからやる気もないけど、あの気持ち悪さは味わってもらわないと俺の気が済まない」
「こわい」
「次のお呼び出しまでには完成させる」
「まじで怒ってるじゃないすか」
「まじで怒ってますよ」

 暑いしね。そう呟いて、律はまたテーブルの上にメモを広げて。

 ――これだからいろいろ言われるんだよなあ、と思いはしたものの、努めて忘れることにした。

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