Mysterious House - 02
更に隣の部屋へと足を踏み入れる。更にゴミ屋敷然とした部屋は奥が窺えず、ゴミを掻き分けつつ調べるも、出てくるのは使い道のなさそうなものばかりだ。
「ここの主は片付けを知らないのか……」
「でも何か大事そうなものの周りは綺麗で分かりやすいっす」
「そういうのを誘導されていると言うんですよ」
「誘導されてるときは遠慮なくノって容赦なく叩き潰すって律さんがよく言ってる」
「本当に考え方が茅嶋 雪乃の息子だなあの男は!?」
他愛もない話をしながらゴミの中を探しても、今回は何も使えそうなものは出てこない。這う這うの体で部屋の奥に辿り着けば、唐突にゴミのないスペースが現れた。探しながら進むだけ損だった、と肩を落としつつ――そこにあるのは明らかに異質な。
「神棚?」
「そうですね。私が知っているものとは違う雰囲気ですが」
「新興宗教か何かか? おいぶんきち」
『何や』
「お前なら調べられるだろう」
『何でジッポに命令されなあかんねん!?』
ぶつくさと文句を言いながら『分体』が検索をかける間、陵は神棚の検分を始めた。普段から見慣れている筈のそれだが、どうにも違和感はある。違和感、というよりも神棚と呼ぶには物が少なすぎるのだ。祀る神の名を書いたようなものも見受けられず、ただ飾り物が置かれているだけ。神棚の中央に何かを置きそうなスペースだけがある。形式上であれ、見るからに空の神棚にしか見えない。
ここに居た『彼岸』が抜け出してしまっているのか、それとも。考えるうち、うーんと困ったような『分体』の声が聞こえる。視線を受けて『分体』がエヘン、と胸を張って。
『データがない!』
「役に立たんな」
『一回しばき倒すぞお前。新興宗教ってよりは多分土着信仰のひとつやと思うんやけどな、そういうのはネット上にはデータがあるんは少ないからな……。イントラネット系探し回ってくるとなると時間かかるで』
「土着信仰か……そういうものは出来るだけPDF化しておけと……本当に……」
「歴史的書物の保全の話は置いておきましょう。情報がないものはどうしようもありません」
「そもそもコレはもう何か出ていった後なんじゃないのか?大丈夫か?」
「……何とも言えませんよね……」
「でもまあ、何かしら真似っこして神棚作ってるだけかもしんないっすよ?」
恭の一言に、ふむ、と陵はもう一度神棚を眺める。真似をして作っているのだとしたら、何の為に。ここで何らかの行動をさせようとしているのなら、やはり先程拾った線香とマッチだろうか。しかし現状、線香を立てられる何かを持ってはいない。ちらりとゴミの山と化している部屋を振り返る。現状、この部屋にある可能性は低い――他の部屋に置いてあるものを探せということだろうか。
「一旦保留しませんか? 部屋はもう一つありましたし」
「そうだな。次に行くか」
ゴミの山の隙間を縫って部屋を抜け出し、最後の部屋へと向かう。扉を開ければ、真っ先に目に入ったのは柵に囲われた階段だった。そこから上に上がれということなのだろうが、扉には南京錠。面倒そうに眉を寄せつつ、英二が南京錠を手に取った。数字の部分を回そうと試みるが、がちりと固まっていて動く気配はない。
その間に部屋の捜索。相変わらず置いてあるものはぼろぼろのゴミばかりで、そろそろ触るのも嫌になってくる。もー、と文句を言いつつ恭が建付けの悪い棚を思いきり開くと、捜索に参加しようと戻ってきた英二の上にぼろぼろの箱が落ちてきた。
「あっ」
「……柳川……」
「わーごめんなさい! わざとじゃないっすよ!?」
「ああもう、俺はこの屋敷のことを愛しているのにこの屋敷が俺のことを愛してくれない!」
「何を馬鹿なことを言っているんですか……。あ、柳川くん。アタリのようですよ」
「はえ?」
陵の言葉に、ひょこ、と恭が棚の中を覗き見る。そこには小さい壺が一つ。中には半分ほど灰が敷き詰められている。頭を擦りつつ壺を見た英二が深々と息を吐いて。
「……線香立てか。揃ったな」
「お? お線香使うっすか?」
「ちょうど神棚に乗りそうな大きさではありますね。丁野さんの方は如何でした? 階段」
「南京錠がかかっててびくともしない。柳川くん『セイバー』だろ、あれ蹴飛ばしたら開いたりしないか」
「俺!? 蹴ってみた方がいいっすかね?」
「まあ穏便に開けられるならそちらの方が良いから最終手段ではあるが」
もし開けた瞬間に、何かが起きれば。或いは、後で上から下りてくることになった場合。封じる、という手段として鍵が必要になることもある。そう考えると下手なことはできない、というのが正直なところではあった。
進めど進めど、此処が何なのかは分からない。怪しんだところで、出来ることをして進んでいくしかないのだろう。既に出口は壁、失われている。進まなければ、ここで野垂れ死ぬだけだ。
「やはり燃やすか」
「火事で皆焼け死んじゃったらどうするんすかー」
「そうなったらこの屋敷も燃えたくないから解放してくれると思わんか」
「えーわかんない……だって出たり入ったりするんすよ……」
「屋敷だけ逃げようってのか、何てやつだ」
「丁野さんに聞いていても話が進みませんね。柳川くん、何か思いつきます?」
「ん? んんー……や、でも、やっぱあの神棚気になるっすよね」
何だかんだと各々考えを口にしつつ、結局戻ってきたのは神棚の前だ。ああでもないこうでもないと意見を出し合うものの、先には進まない。三人の目の前にあるのは、長い線香と二本のマッチ、そして線香立てなのであろう壺。さてどうしたものかと思いつつ、ふと思い立って陵は神棚の前に立ち、祝詞を上げてみる。きちんとした作法に則ったものではあったが、何かが起きる気配はない。祀り上げろ、ということではないのだろう。
となれば。やれやれ、とマッチを手に取った英二が、マッチに火を点けて線香に火を寄せた。ふわりと燃え移るかと思われたその炎はたちまちに消え、マッチからも火が点いていた形跡が消え失せる。
「……おいどうしたマッチ&線香、音楽性の違いか?」
「ライター……、もだめっすね、線香点かない……」
「となるとあれだな。頼んだ神職」
「そういうことなんですかね……?」
首を傾げつつ、英二から一式受け取って。壺を神棚の前に置いてから、マッチを擦って線香に寄せる。何が起こることもなく火が点いたのを見て、英二は深々と溜め息を吐いた。
「宗派が違うから駄目って言われた……これだから異教審問は……」
「拗ねないでくださいよ。他の部屋でも私とは限らないでしょう」
「そうかー。希望を持って生きるか……」
話しながら、陵はそっと線香を立てる。ふわ、と一瞬炎が上がって、一瞬で線香は燃え尽きた。おお、と恭が感嘆の声を上げる。続いて聞こえたのは、からん、という何かが落ちる音――壺の中から。
一瞬逡巡したものの、壺を手に取る。熱さはない。中をのぞき込めば、そこには灰の代わりにサイコロが三つ入っていた。どうにも数字は読み難い。
「……丁野さん、南京錠は何桁でした?」
「ん? 三桁だったが」
「成程、つまりこういうことですね」
壺を振れば、ころりとサイコロが転がりだす。床に転がり落ちるかと思えば、不意にサイコロから何かが生えた。と思った次の瞬間には床に突き刺さって固定されている。ご丁寧に整列したそれは、確かに数字を示していた。
「えーっと、よん……ろく、よん?」
「これで階段の鍵が開けば、無事に上に上がれますね」
結論から言えば、無事に南京錠を開くことには成功したのだが。
「……通れんな」
ぎりぎり一人通れるかという細さの階段に、『何か』がいた。目を細めても、英二にはそれが何なのかは分からない。だた、黒い。そしてそれは動く気配なく、恐らくこちらを窺っている。
「誰だお前は?」
「……」
「……、What′s your name?」
「何言ってんのジッポ先生」
「何か黒いのが居て通れないんだよ」
ひょこ、と恭が後ろから覗き込んでほんとだ、と呟く。見えるものは英二と何ら変わりない。黒い『何か』。
数秒考え込んで、不意に思い立ってぐるりと英二は陵を振り返った。きょとん、と不思議そうな表情をする陵に、英二は階段を指して。
「よくよく考えれば、だ。……神職、何か見えるんじゃないか?」
「……いっつみー?」
「Yes」
「俺と律さんみたいな発音の差だ」
促されるがまま、道を開けた英二と恭の間をのぞき込む。――瞬間、陵は鉄刀を抜いていた。二人が黒い『何か』に見えているそれは、陵にとってはそうではない。それは此処に居る筈のない、神社で留守番をしている筈の少年。いや、悪さをして抜け出してきたかもしれない、とは一瞬思ったものの、すぐに振り払ったのはその雰囲気が少し違うからだ。
その姿の少年は、今は『カミ』。しかしそこに居るのは、『外法使い』。
陵の様子に、即座に英二もトンファーを構える。続いて恭も赤い軍服姿に『変身』を済ませていた。こういうときの反応の速さが、踏んできた場数を物語っている。
「狙い撃ちじゃないか神職。誰に見える?」
「徹です」
「えっパーカーなのあれ!?」
「心配せずとも本人ではないですよ」
少年の口許がにい、と無邪気に笑う。飛び出してくるものは良く見えないが、恐らく彼が従えている『シモベ』を模したものだろう。避けきれなかった陵を守るべく『式神』が展開して、代わりに攻撃を受け止めて霧散する。
「えっいいの? いける?」
「構いません。柳川くんも今見たでしょう? ――あの子が私に攻撃してくる訳がないじゃないですか」